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・2013年もヘタレて生きてます。

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小説 「ある日、突然に」
俺は、死んだ。



何故、そんな事になったのか。
車…そう、車。それだけしか思い出せない。
交通事故…だったのだろう。

不慮の事故だったのか。それとも恣意的なものだったのか。
それは覚えていないし、どうでもいい事だ。
俺が死んだことは変わらない。何が解ったところで、それは変わらない。


目の前には、俺がいる。
頭部に血で汚れた包帯を巻いて…その下に、酷い傷を隠して。
ぴくりとも動かない。死んでいるのだろう。
それなら、この「俺」は、幽霊というヤツだろうか。
なんとも中途半端な存在じゃないか。成仏でもさっさとすれば良いものを…

…す…


…ん?今…
俺の身体が…動いたような…?

…すぅ…


…何という事だ!
俺は…俺の身体は…息をしている!
まだ死んだ訳では無かったのか…!

未だ生命の気配が感じられる事に喜びを感じたが、それと同時に新しい疑問も浮かぶ。
息をしている…まだ、生きているというのに、何故俺は目覚めない?
呼びかけても、怒鳴っても何も起こらない。そもそもこの声は声になっているのか。

なおも不毛な試みを続けようとした時…
この俺の身体が安置された部屋の扉が開かれた。

「…いや、良い時に提供者が現れてくれたものだな」
「全くです。まずは血液と体内成分の生産部に入れましょうか」

白衣を着た男が二人、入ってくる。医者…だろうか。
俺には気付くそぶりも無い。そのまま、俺の身体をべたべたと調べ始める。
瞼をこじ開け、ペンライトを当て…。何か、物を扱うような仕草で。

「何の反応も見られませんね…やはり脳死状態です」
「では、問題は無いな。戸籍上の手続きを済ませてくれ。身体は生産部へ」
「了解しました」

…何?脳死…だと?
馬鹿を言うな、それなら今いるこの俺はどうなるんだ!
俺は何だってんだ!
どれだけ怒鳴ってみても、やはり声にはならないらしい。
白衣の二人は、気づくそぶりも見せない。
そのまま運ばれる俺の身体。くん、と引っ張られるようにして、俺もついてゆく。

そこは、手術室。ドアが押し開かれたその奥には、すでに数人の医者が待機していた。
ストレッチャーから手術台へと移され、薄緑のシートをかけられる、俺の身体。
「…では、処置手術を始める。今回のは血液生産部に回す。
よって、まずは角膜の摘出を行い、アイバンクへ。
次いで、胃への栄養補給口の設置。最後に、排泄器官の処理だ。では、開始する」

淡々とした執刀医の言葉に、どうにかなってしまいそうだった。
目を削ぎ取り、胃に穴を開け…排泄まで他人に操作される。
そんな身体に、今まさにされようとしている。どうして、なんだ。

おい…よせよ。 執刀医が俺の身体の横に立つ。
俺は、何ともないんだ。 「角膜の剥離・摘出を行う」
気づかない、それだけなんだ。 瞼がこじ開けられ、固定される。
俺は…俺は! 得体の知れない機械の手先が、俺の目に…


さほどの時間はかからずに摘出は済んだ。
透明で頼りない、ゼリーのようなものが目から外され…
即座に妙なクーラーボックスみたいなものの中に保管される。
あんな頼りない、ゼリーみたいなものが無いだけで、
目が随分と凹み、平滑に見えた時は我ながら滑稽だった。

…それから後はまともに見ていない。もはやこの世の存在であるのかも怪しい俺。
そんな存在であるくせに、俺は…恐ろしく大きな喪失感に苛まれていた。
かちゃかちゃと器具が立てる音。「メス」「ガーゼ」という、端的な執刀医の言葉。
それを虚ろに聞きながら、自分の身体が作り変えられていくのを知った。

そうして俺が運ばれたのは…あまりに異様な場所だった。

大きな病室のような部屋。
無数にあるベッドは疲れを癒すためではなく、身体を横たえる程度の台。
そこには、俺と同じような処理を受けたと思われる人間…
いや、身体か。それがずらりと並んでいた。
どれもこれも、手足は枝のようになっているのに、腹だけが妙に大きい。
様々な機械・チューブに接続されている身体。
寧ろ、機械やチューブの中間に身体が介されているかのようだ。

俺の身体もそこに仲間入りをする。生命維持装置が取り付けられる。
胃の接続口にチューブが繋がれる。得体の知れない、どろりとしたものが流れ込む。
股間にも同様にチューブが繋がれる。俺は排泄まで管理されるのだ。
最後に、それらが正常動作しているのを確認した後…
左腕に、針が刺された。繋がった先の機械が低く唸って動き出す。
赤い、赤い血が少しずつ、機械へと伸びていく。
何故か、この非現実的な空間で、その色だけが鮮明に見えた…


あれから二ヶ月が経った。俺は未だ、中途半端な現状から抜け出せずに見守っている。
身体は相変わらず機械の中枢。周りの連中同様に、手足がやせ細ってきた。
栄養を受けては血を送り出す…まるで何かの変換機のようだ。
俺の作り出した血は、どこかで役に立っているのだろうか。
俺の存在に、意味はあるのだろうか。そんな事を考えたりもする。

だが、まだ俺は運がいいのかも知れない。
この二ヶ月の間に、それこそパーツ単位で利用される身体を山ほど見てきた。
臓器提供…死の危機に瀕した命を救える事もある、医療技術。
所が最近は臓器だけでも無いらしい。
牛は全身あます所無く食えるというのがかつての持論だったが、
人も他人事じゃない。何かを失っても、すぐに変わりが出来る時代らしい。

担当の医師が身体の点検をしに来た。
チューブの接続に不備は無いか。身体に破損は無いか。そんな感じだ。
担当医が血を送り出している左腕を持ち上げた時…

…ぴく


動いた…僅かだが、確かに指先が動いたのだ。
医師もそれは判ったらしい。驚いて腕を放す。
たん、と台に落ちる腕。その衝撃にも反応して、またぴくりと動く。
慌てて胸を探り、ペンライトを取り出して瞳に光を当てる医師。
ここからはよく判らないが、どうやら反応はあったようだ。
目の辺りが、なんとなく疼く。
「だ…誰か…誰かぁッ!!」
叫びながら部屋を飛び出して行く医師。
脳死体だと思っていたのが、何らかの反応を示したのだ。そりゃあ驚くだろう。
あれほど無表情だったここの連中が、あれだけ慌てふためくのも初めて見た。

その時だった。

…す…


次第に、俺が俺の身体に引き寄せられているのだ。
これは…何故…?

先ほどの医師が、幾人もの連中を連れて帰ってきた。
皆血相を変えて詰め寄ってくる。
そのどたばたという音が聞こえると、また俺は身体に近づく。
これは…!
「おい、本当なのか!?」
「確かです、信じがたい事ですが…」
「馬鹿な…脳死体だぞ!そんな事が…」
人の身体を囲んで喧々囂々と騒ぐ医師達。
それにつれて、また身体に引き寄せられる俺。

これは…まさか…意識が?
意識が覚醒しようとしているのか!
こんな…こんな状況で!そんな事が…!

「…ぅ…」

僅かにうめき声を上げる、俺の身体。いや、俺自身だったのかも知れない。
医師達はどよめきの声を上げ、なお一層熱心に呼びかける。
「もしもし!?聞こえますか!?もしもし、もしもし!」
耳元で大声を上げられるのは大きな刺激になったらしい。
今までとは比較にならない速度で俺は身体に飛び込んでゆく…!

もしもし、もしもし。

聞こえますか、大丈夫ですか…

やめろ!俺を呼ぶな!
俺を…そっちに引き戻さないでくれ!

今の俺の身体は、まともに生活が出来る状態だろうか。
人間らしい生活が、望めるのだろうか。
それを考えると、目覚めるのが怖い。いっそこのまま…消えられれば…

すでに距離は数cm。角膜が削ぎ取られた目の中に…
俺は吸い込まれて行く。

…もう…何も、考えたくない。
どうして、素直に何も知らないままにしておいてくれなかった。
どうして…

嗚呼。


---あとがき---


最初にお断りしておきますが。当然これはフィクションです。
当たり前ですけど。

先日、大学のゼミにて友人の発表がありました。
テーマは「脳死と人間性の関係」。
近年、医療技術が飛躍的に進歩したのもあり、脳死体を一種の生産体として捉える傾向があります。
臓器提供のドナー登録しかり。日本でもその取り組みはよく見られます。
アメリカでは早くも1973年には脳死体の「利用法」を論説した論文が発表されました。
それによれば、脳死体を血液の供給源として利用したり、
あるいは人体の構成組織を全て利用して他人の医療に充てる…
という事も十分可能だと言われています。
実際に、アメリカでの臓器移植は前例が多くあり、そのおかげで助かった命も多々あります。

しかし、道徳性と人命の重さを考えたとき、これはどうなるのか。
人の命・体を簡単に救えるのは素晴らしい事だと思うが、それは果たして手放しで歓迎出来るのか。
「怪我をしても容易に回復が出来る」というのが常識に据えられては、人命が軽視される事に繋がるという、皮肉な結果を生みはしないか…
という、発表でした。

私自身、これに同様の危惧を感じ、今回の空想劇を書いてみた訳です。
科学的根拠も事実に基づく記述も中途半端で曖昧。言わば夢物語です。
ですが、完全に夢物語だと割り切れないのが現実なのです。
これは、近い将来実際に起こりうる事なのかも…と思うのです。
まぁ、流石に脳死者が二ヶ月してから意識を取り戻すなんて事は夢でしょうけど…

現在の科学技術を駆使しても、血液は人工的に生成する事が出来ません。
それなら、栄養さえ供給すれば自動的に血液を作り出す脳死体を利用すれば…
この話は、先ほどのアメリカの論文で、70年代にはすでに提唱されていたといいます。
他にも脳死体の利用として…
「外科手術の訓練」「薬物実験」
「白血球、血小板の貯蔵」「ホルモンの製造」
といった事が挙げられています。
事実、可能なのでしょうが…ぞっとしたのは私が小心者だった為でしょうか。


人命は何故尊いとされるのか。
二つと同じものが無く、容易に生み出せるものでは無い為…ではないでしょうか。
その人命を守り、育んできた今日までの医療技術の進歩には感謝しなければいけない。
その恩恵を知らず知らずの内にも受けているのは他ならない、自分自身です。
ただ…その進歩の為に出来る事は何でも試みるというのは、これはこれで危険な気がします。
生命維持装置に依存して、生命活動を継続して…それを「生きている」と言えるのか。
そもそも「死」とはどういう定義なのか。

他の動物を生物実験に利用している一方で、同じ人間の身体の徹底利用に難色を示すエゴイズム。
私自身、後々に「臓器提供を受けなければ貴方の命は無い」と宣告されたら、きっとその臓器を譲り受けてでも生きながらえようとするでしょう。
だからこそ、せめて提供者の記念日の折には感謝の意を伝えるぐらいの人情は持ちたいと思います。

もし私が脳死なんてしたら、使える部分はさっさと摘出してトドメ刺して下さいね。
こんな空想劇みたいに半死半生でズルズルしてる内に復活するの、一番嫌だから。(笑
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by boardtrick | 2006-06-21 22:34 | 気になるコト
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